こんにちは。BooSTの畠山です。
今回は「女性アスリートの三徴候〜骨粗鬆症・視床下部性無月経・利用可能エネルギー不足は食事で治る〜」についてお話しをさせていただきます。
参考文献
今回は「臨床スポーツ医学 2018年11月号 現場で使えるスポーツ栄養学」を参考にさせていただきました。
筆者は大阪公立大学 亀本佳世子氏です。
リンクを記載しますので、詳細を知りたい方はご参照ください。
http://www.med.osaka-cu.ac.jp/sportsmed/staff/kamemoto.html
はじめに
2021年には東京オリンピックが開催されました。
日本は58個のメダルを獲得しました。
その内の33個のメダルは女性アスリートが獲得しています。https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/olympic/tokyo2020_medal.html
近年は女性アスリートの活躍に注目が集まっています。
しかし、多くの女性アスリートが抱える“女性アスリートの三徴候”の認知度は低いのが現状です。
今回は女性アスリートの三徴候の発症を予防するために必要な栄養の知識や摂取方法について考えていきたいと思います。
女性アスリートの三徴候
アメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine:ACSM)が提唱した女性アスリートの三徴候(Female Athlete Triad:FAT)という概念をご存知でしょうか?
以下が女性アスリートの三徴候と定義しています。
・利用可能エネルギー不足(low energy availability:LEA)
新体操やマラソンなどの競技は低脂肪・低体重が要求され、エネルギー消費量>エネルギー摂取量に陥る危険性が非常に高いです。
「試合の前に食事を摂取すると体重が増加して不利になる」と考える指導者もいらっしゃると思いますが、それは大きな間違いです。
エネルギーが不足していると、怪我を発症する原因にもなり、パフォーマンスも十分に発揮できません。
・視床下部性無月経
利用可能エネルギー不足が長期化すると、視床下部における性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)の周期的な分泌が阻害されます。
それに伴い、脳下垂体からの黄体化ホルモン(luteal hormone:LH)や卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone:FSH)の分泌が阻害され、月経周期に乱れが生じます。
そして、利用可能エネルギー不足が改善されないと無月経に陥ります。
また、これらの障害にはオーバートレーニング、心理的ストレス、体重減少などのストレスが相互的かつ複合的に影響を及ぼしています。
・骨粗鬆症
無月経に陥ると、卵巣から分泌されるエストロゲン(estrogen)の分泌が阻害されます。
エストロゲンは骨代謝に関連するホルモンでもあるため、骨の恒常性を維持できなくなり、最終的には疲労骨折を引き起こす要因となるので注意が必要です。
チームの関係者が女性アスリートの三徴候を予防する重要性を認識して、コンディショニングの一環としてマネジメントする体制を構築することは重要なことです。
チームの関係者が女性アスリートの三徴候を予防する重要性を認識して、コンディショニングの一環としてマネジメントする体制を構築することは重要なことです。
既に発症している選手がいる場合は医療機関と連携して治療することが不可欠です。
女性アスリートの月経状況
一般人と女性アスリートを対象とした月経周期異常に関する研究があります。
無月経の割合は一般人が1.8%だったのに対し、アスリートでは6%という結果でした。
また、BMIが18.5kg/m2未満の選手は無月経の割合が優位に高かったことが報告されています。
別の研究にはなりますが、無月経のリスク因子としてBMIと練習時間とBMIを挙げています。
無月経群のBMIは平均で21.5kg/m2でした。
この結果から、日本人の女性アスリートの月経周期異常は一般の方でも十分に発症する危険性があることが証明されました。
また、BMIが18.5kg/m2以上あったとしても長時間の練習により利用可能エネルギー不足を惹起する可能性があることが報告されています。
女性アスリートの三徴候の問診
チームで以下の問診票を活用して女性アスリートの三徴候を発症するリスクがある選手を把握することに役立ててください。
利用可能エネルギー不足のスクリーニング検査
アメリカスポーツ医学会では、利用可能エネルギー不足のスクリーニング検査を行うように推奨しています。
○思春期の場合
適正体重:85%未満
○成人の場合
BMI(body mass index):17.5kg/m2未満
いずれも以下のURLから計算が可能ですので、チェックしてみてください!
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/11.html
○よりトップレベルのアスリートを目指したい場合
より正確にスクリーニング検査したい場合は、身長と除脂肪体重(Fat Free Mass:FFM)のバランスが取れているか確認しましょう。
除脂肪体重は、以下の式から算出することができます。
除脂肪体重=体重(kg)×(100-体脂肪率(%))÷100
特に、成長期のアスリートでは、身長が2cm伸びると、除脂肪体重が約1kg増加するということが報告されています。
つまり、身長が伸びているにも関わらず、除脂肪体重が増加していない場合はエネルギー不足を意味します。
身長が伸びない原因にもなるので、1日に必要なエネルギー量を摂取できているか確認してください。
また、成人のアスリートでも、パフォーマンスを向上させるために除脂肪体重を維持することが重要です。
除脂肪体重が1kg増加すると、60kcalのエネルギーが必要となります。
海外では当たり前のように普及していますが、日本では体重や体脂肪率ばかりにフォーカスが当てられているのが現状です。
「体重が増えたら嫌だから食事を制限する」なんて言語道断です。除脂肪体重に着目してコンディション管理を行うことを推奨します。
女性スポーツ研究センターでは「スラリちゃん・伸びマッスル表」を作成し、身長と除脂肪体重のバランスが取れているか確認できるようになっています。
以下のURLからチェックできます。
https://research-center.juntendo.ac.jp/jcrws/cms/wp-content/uploads/2022/04/スラリちゃん・伸びマッスル表.pdf
現時点では、利用可能エネルギー不足の算出に必要となるエネルギー摂取量、エネルギー消費量、除脂肪体重の測定方法が統一されていないことが正確に評価できない原因となっています。
国際オリンピック委員会(International Olympic Committee:IOC)も課題として挙げています。
そのため、チームで方法を統一するなど、工夫する必要があります。
専属のトレーナーがいない場合は、BooSTがサポート致しますのでご相談ください。
利用可能エネルギー不足の改善と予防の方法
アメリカスポーツ医学会では、女性アスリートの利用可能エネルギー不足の改善を目指すために、以下の基準を示しています。
○思春期の場合
適正体重:90%以上
○成人の場合
BMI:18.5kg/m2以上
○利用可能エネルギー不足の改善と予防の方法
・エネルギーは最低でも2000kcal/日以上を摂取する。
・エネルギー必要量よりもエネルギー摂取量を20〜30%増やす。
・食事やトレーニングに関連するストレスを和らげる。
・体重は7〜10日を目安に0.5kg以上増加させる。
・トレーニング量を適切にする
・利用可能エネルギーを45kcal/kg除脂肪量/日以上にする。
「選手のストレスまで考えないといけないのかよ…」
そんなことを思った指導者もいらっしゃると思います。
しかし、選手は試合に出て活躍したい一心で必死に練習に取り組んでいます。
「食事や体調の相談をしたら試合に出してもらえなくなるかも…」
「練習がきついなんて言ったら怒られるかも…」
このように考えるのは自然なことです。
指導者に食事や体調の相談ができる対等な関係を築いてほしいと思います。
また、チームでそのような雰囲気作りをしていただきたいと思います。
糖質の補給
運動時の主なエネルギー源はグリコーゲンという糖質です。そのため、アスリートにとって糖質の摂取は重要です。
アスリートの場合、糖質の摂取基準は以下の通りです。
強度 | 練習時間 | 糖質摂取量 |
中〜高強度 | 1〜3時間 | 6〜10g/kg/日 |
中〜高強度 | 1〜3時間 | 6〜10g/kg/日 |
日本人の女性アスリートを対象として栄養摂取量と練習時間の関係を調査した研究があります。
糖質にフォーカスを当てると以下の結果となります。
糖質摂取量 | 練習時間 | |
月経異常 | 6.1±2.0kcal/kg/日 | 245分/回 |
無月経 | 5.9±1.9kcal/kg/日 | 266分/回 |
つまり、月経異常または無月経の女性アスリートの糖質摂取量は、上記の糖質の摂取基準を下回っていることを示唆しています。
一般的に「糖質は太る」という誤った認識が普及しています。
そのため、今回を機に「糖質を摂取しないと試合で十分なパフォーマンスを発揮できない」という認識にアップデートしましょう。
カルシウムの補給
利用可能エネルギー不足は、最終的に骨密度を低下させる原因となります。
アメリカスポーツ医学会では、骨密度の改善を目的としてカルシウムを1000〜1300mg/日摂取するように進言しています。
日本人の場合、カルシウムの平均摂取量は784±325mg/日であったことが報告されています。
カルシウムは小松菜や、牛乳やヨーグルトなどの乳製品などに多く含まれており、積極的に摂取する意識が重要です。
ビタミンDの補給
カルシウムの摂取量を増加させることも重要ですが、摂取したカルシウムを効率的に吸収することも重要です。
その役割を担うのがビタミンDです。
アメリカスポーツ医学会では、ビタミンDを600IU/日摂取することを目標にしています。
ビタミンDはきくらげ、鮭、卵などに多く含まれていますが、摂取するだけでは不十分です。
なぜなら、ビタミンDは紫外線により活性化ビタミンDとなることで初めて体内で利用することができるようになります。
そのため、紫外線照射が少ない冬や、バスケットやバレーボールなどの屋内競技の場合は、ビタミンDが相対的に不足するリスクがあるため、注意が必要です。
おわりに
利用可能エネルギー不足の原因が意図的な減量によるものが原因である場合は認知バイアスを変える必要があります。
意図的ではない減量によるものが原因である場合は、病院を受診して医師や管理栄養士などから治療を受けてください。
日本では、女性アスリートの三徴候の認知度が低いため、まずは医師、管理栄養士、看護師、理学療法士などが知識を普及する活動を精力的に行う必要があると思います。
そして、日本が一丸となって女性アスリートのサポートを行う体制を構築することが日本のスポーツのレベルを向上させるために必要だと信じています。