こんにちは。BooSTの畠山です。
今回は「変形性膝関節症による歩行速度の低下〜痛みで歩けなかったらサルコペニア?〜」についてお話しをさせていただきます。
参考文献
今回は「理学療法ジャーナル 2022年6月 医療現場におけるサルコペニア・フレイル」を参考にさせていただきました。
筆者は北里大学病院 理学療法士 南里 佑太氏です。
リンクを記載しますので、詳細を知りたい方はご参照ください。
https://researchmap.jp/nanriyuta
はじめに
日本人の要支援や要介護になる原因ランキングをご存知でしょうか?
2019年の厚生労働省国民生活基礎調査によると、要支援となる原因の1位、要介護となる原因の3位となっています。
高齢者の方は運動器疾患を発症している割合が非常に高いです。
今回は臨床でもよく遭遇する変形性膝関節症を例に挙げて解説します。
変形性膝関節症は50代が好発年齢とされており、60代女性は約50%、80代女性は約80%の割合で罹患していると言われています。
加齢に伴い有病率は上昇します。
運動器とサルコペニアは密接に関連しており、管理と予防が非常に重要です。
ここでサルコペニアの評価の手順について復習しましょう!
2010年にThe European Working Group for Sarcopenia in Older People(EWGSOP)によりサルコペニアの診断基準が提唱されました。
2014年にAsian Working Group for Sarcopenia(AWGS)によってアジア版のサルコペニアの診断基準が
提唱されました。
AWGSのサルコペニア判定基準では、握力に問題が認められない場合でも、歩行速度の低下が認められると、骨格筋量の計測に進む手順となっています。
しかし、変形性膝関節症により膝に痛みを抱えている方の歩行速度が低下するのは当たり前です。
人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)後は痛みで歩くことなんてできません。
筋力低下が認められない場合でもサルコペニアと判定されるのでしょうか?
誰が考えても納得がいかないと思います。
今回は運動器のプロフェッショナルである理学療法士が運動器疾患により歩行速度が低下している方のサルコペニアの評価の注意点にフォーカスを当てて解説します。
変形性膝関節症の危険因子
変形性膝関節症の危険因子は直接的危険因子と間接的危険因子に大別されます。
<直接的危険因子>
直接的危険因子は更に以下の因子に大別されます。
○局所性因子
・アライメント異常 ・感覚障害 ・関節形状 ・筋力低下 ・内側半月板の損傷
○全身性因子
・遺伝 ・栄養障害 ・加齢 ・喫煙 ・人種 ・性別
※日本人は白人と比較して有病率が有意に高いことが報告されています。
<関節的危険因子>
上記の危険因子に以下の間接的危険因子が加わることで変形性膝関節症を発症します。
・外傷 ・活動量 ・骨密度 ・職業 ・スポーツ ・肥満 ・慢性負荷
※肥満は変形性膝関節症の発症に関連しないという報告もあります。
発症の機序をチャートに直しました。
①上記の危険因子が複雑に絡み合うことで膝関節の力学的負荷が変化する。
②軟骨細胞の代謝異常が生じる
③関節軟骨による緩衝作用が減弱する
④関節への負荷が増大しして軟骨下骨が摩耗する
⑤段階的に膝関節の変形が生じる
⑥その後も炎症性サイトカイン(cytokine)が放出され続ける
⑦膝関節が傷害されて症状は進行の一途を辿る
変形性膝関節症の原因は“炎症”です。
変形性膝関節症の症状
変形性膝関節症は感覚障害、関節変形、跛行などの多彩な症状を呈します。
今回は歩行速度の低下に直接的な原因を及ぼす疼痛にフォーカスを当てて解説します。
関節軟骨(articular cartilage)が摩耗することで緩衝作用が低下します。
骨同士が衝突することで滑膜炎が生じ、疼痛を惹起します。
特に以下の状態では疼痛を訴える割合が多いことが報告されています。
・膝関節安定性が維持されていない症例
・膝関節伸展の関節可動域が維持されていない症例
重要なのは疼痛と変形の重症度は比例しないことです。
破局的思考
破局的思考は痛みを回避するための行動や心理を指します。
つまり、痛みに対するイメージの偏りから誤った行動を取ってしまう状態です。
破局的思考には以下の3つの要素から成り立っています。
○拡大視:疼痛を修飾することで痛みと向き合うことができない状態
○反芻:痛みを反復的に考えることで冷静な判断ができなくなる状態
○無力感:痛みに対して無力感を感じることで、治療をしても改善しないと感じている状態
運動開始時に疼痛が生じる“starting pain”は破局的思考に陥る主な原因となります。
starting painは階段降段時や歩行開始時に多く認められます。
日本人は畳上での生活習慣があるため、正座時に疼痛が生じる場合が非常に多いです。
安静後に疼痛は軽減する場合が多いことが報告されています。
しかし、進行すると、安静時、動作中、夜間でも疼痛が生じるようになります。
最終的に、動作を遂行することが困難となり、ADLが制限される原因となってしまいます。
現在もしくは将来の痛みを過大評価することで、不安回避モデルを形成してしまいます。
最終的には慢性痛に移行するため、理学療法士による介入が必要となります。
運動器疾患とサルコペニアの関連
変形性関節症(osteoarthritis:OA)の人がサルコペニアを合併している割合は14.2〜32.8%だと報告があります。
しかし、臨床では「OAが先なのか?サルコペニアが先なのか?」という疑問を抱きます。
サルコペニアは以下に分類されます。
一次性サルコペニア ▷ 加齢が原因となるもの
二次性サルコペニア ▷ 加齢以外の因子が原因となるもの
二次性サルコペニアの原因として、以下が挙げられます。
・骨格筋の廃用 ・手術による侵襲 ・低栄養・低活動 ・慢性炎症 など…
OAによる疼痛がサルコペニアの病態の発現に関与することは以前より知られています。
また、関節への負荷により、局所性または全身性に炎症が惹起されることで、サルコペニアを誘発することが報告されています。
この場合、OAが先、サルコペニアが後という構図になります。
一方、骨格筋量減少や筋力低下がOAの発症や疼痛の原因であることも重報告されています。
また、サルコペニア肥満がOAを惹起する可能性も報告されています。
この場合、OAが後、サルコペニアが先という構図になります。
以上からOAとサルコペニアは一方向の関係ではなく、相互に影響を及ぼしていることが分かります。
この悪循環を断ち切るためにも両者へ適切な介入を行うことが妥当な判断となります。
運動器疾患とサルコペニアが合併している方の予後
サルコペニアは有害健康転帰(adverse health outcomes)の発生に大きな影響を及ぼします。
有害健康転帰とは、転倒、入院、要介護への移行、死亡など、健康に有害となるイベントの発生を指します。
サルコペニアと診断された方が人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)後に、どのような有害健康転帰が生じたか報告されています。
術後4〜10ヶ月では、身体機能の回復が乏しいことが報告されています。
術後12ヶ月では、骨格筋量が増加する割合が低かったことが報告されています。
サルコペニアを評価する際の注意点
さて、やっと今日の本題に移ります。
AWGSのサルコペニア判定基準でスクリーニング検査を実施した場合、歩行速度の低下のみ該当した方は非常に少なかったことが報告されています。
体幹や下肢の運動器疾患による疼痛の影響で歩行速度が低下している場合は、サルコペニアを過大評価する原因となるため、上肢の筋力も参考に判定を行う必要があります。
運動器疾患の治療
OAとサルコペニアを合併している人だけを対象とした研究は現在のところ存在しません。
そのため、明確な治療法は確立されていません。
一方、OAやTKAの方を対象とした研究では、運動療法と栄養療法を同時に実施することで、筋力と骨格筋量が改善することが報告されています。
変形性膝関節症の高齢女性を対象とした研究では、resistance exerciseだけを実施した場合よりも、蛋白質補助食品を摂取することで、骨格筋量が増加し、動作困難感や疼痛が緩和することが報告されています。
また、resistance exerciseと蛋白質補助食品を同時に実施することにより、サルコペニアが改善したと報告されています。
運動器疾患とサルコペニアが合併していると診断された高齢男性に対してresistance exerciseを実施した場合、骨塩量の増加も認められています。
自宅に退院しても“筋トレ”と“蛋白質の摂取”は継続する必要がありそうです。
おわりに
本日は、変形性膝関節症による疼痛で歩行速度が低下している方のサルコペニアの評価の注意点を解説しました。
運動器疾患とサルコペニアは病態が重複している部分も多いため、両者の関係性を十分に理解し、管理することが重要と考えられています。
AWGSのサルコペニア判定基準だけで評価した場合、過大評価に繋がります。
そのため、上肢の筋力も参考にして総合的に判定を行う必要があります。
まずは、変形性膝関節症のリハビリテーションが最優先です。
自然とサルコペニアも改善されるはずだと思っています。
BooSTは合同会社MYSと連携して訪問リハビリテーションを提供しています。
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